旅行者にとって、フィルムツーリズム(ロケ地巡りの旅)はベトナムを発見する一味違った旅のスタイルです。単にスクリーンの上でこの国を眺めるだけでなく、世界中の映画製作者たちにインスピレーションを与えてきた風景や文化、食文化の中に直接踏み出すことができるのです。
ここでは、ベトナムで最も印象的な映画のロケ地と、その魅力を全身で体験できる旅の楽しみ方をご紹介します。
ニンビン、チャンアン(写真:truonghuy.nb@gmail.com)
映画に登場する象徴的な名所
ハロン湾&ニンビン - 『キングコング:髑髏島の巨神』
ジョーダン・ヴォート=ロバーツ監督による映画『キングコング:髑髏島の巨神』では、ベトナムの壮大な大自然が神話的な舞台として選ばれました。作中では、この国が誇るドラマチックな石灰岩のカルスト地形、霧に包まれた山々、静かな水路が描き出され、キングコングの故郷という異次元の世界観をスクリーン上に実現させました。
ハロン湾(写真:Dinh Huu Ngot)
ユネスコ世界自然遺産に登録されているハロン湾では、エメラルドグリーンの海に切り立つ数千もの石灰岩の島々や岩礁の間をクルーズで巡ることができます。船上泊クルーズやカヤック、洞窟探検、夕日観賞など、さまざまな視点からこの絶景を堪能できます。
さらに内陸へ進むと、ニンビンにも同様に映画のような絶景が広がっています。複合遺産であるチャンアンの景観美群では、伝統的な手漕ぎ船(サンパン)に乗り、水路や石灰岩の絶壁、洞窟が入り組む迷路のような景色を進むことができます。これらは『キングコング:髑髏島の巨神』でも強く印象に残る風景として登場しました。水田のサイクリング、古刹への参拝、かつての古都ホアルーの探索など、旅に文化的な深みを添える体験も楽しめます。
また、この旅はベトナム北部の味覚に出会う旅でもあります。ニンビンの名物である山羊肉、おこげ(コムチャイ)、川魚料理などの地元料理のほか、ハロン湾ではイカ、エビ、カキなどの新鮮な海鮮料理を堪能できます。
ソンドン洞窟&フォンニャ - 『PAN ネバーランド、夢のはじまり』
ベトナム中部の山深くには、体積において世界最大とされるソンドン洞窟が広がっています。ユネスコ世界自然遺産であるフォンニャ=ケバン国立公園内に位置し、その広大な空間、地下河川、そして独自の生態系は、まるでファンタジーの世界のようです。
ソンドン洞窟(写真:lukbanla@gmail.com)
ワーナー・ブラザース映画『PAN ネバーランド、夢のはじまり』では、ネバーランドの魔法の世界を作り出すため、ソンドン洞窟の空撮映像が使用されました。洞窟自体への入場は厳格に管理された遠征ツアーに限られていますが、フォンニャ地域全体では旅行者に多彩なアドベンチャー体験を提供しています。
ボートでフォンニャ洞窟を巡ったり、パラダイス洞窟(天国の洞窟)を探検したり、森林や渓谷をトレッキングしたり、ガイド付きの洞窟・ジャングルツアーに参加したりすることができます。経験豊富なアドベンチャー好きには、壮大な洞窟の奥深くにキャンプをしながら進む数日間の遠征ツアーも用意されています。
この地域の食文化もまた独創的です。豚肉やキノコを詰めたタピオカ餅「バインボットロック(bánh bột lọc)」をはじめとするベトナム中部の名物料理、炭火焼き料理、地元の川や山の幸を味わうことができます。アドベンチャーツーリズム、大自然の体験、地元のグルメが融合したフォンニャは、映画のような空想世界と本物の大自然が出会う場所です。
ホーチミン市&メコンデルタ - 『愛人/ラマン』
ベトナム南部の風景は、全く異なる映画的情緒を醸し出しています。マルグリット・デュラスの著名な小説を1992年にジャン=ジャック・アノー監督が映画化した『愛人/ラマン』は、仏領インドシナの情緒あふれる雰囲気と、ベトナム南部の水路を描き出しています。
ホーチミン市では、歴史あるチョロン(Chợ Lớn)の街並みを散策できます。伝統的な寺院、市場、店舗付き住宅、賑やかな通りからは、華人(Hoa族)とベトナムの文化遺産が層をなして感じられます。この街の歴史的建造物や活気あふれるカフェ文化もまた、映画に描かれた往年のホーチミン市を垣間見せてくれます。
メコンデルタで伝統的なお菓子を作る旅行者(写真:liemthienviet@gmail.com)
旅の続きには、『愛人/ラマン』の物語ゆかりの地であるメコンデルタの魅力的な町、サデック(Sa Dec)へと南下するのもおすすめです。ベトナム、中国、フランスの建築様式が見事に融合したフイン・トゥイ・レー古宅(Huynh Thuy Le Ancient House)は、映画に描かれた時代を今に伝える貴重なスポットです。
メコンデルタをさらに深く体験したい方は、細い水路を進むクルーズを楽しんだり、果樹園を訪れたり、伝統的な工芸村を散検したり、川沿いの地元の暮らしを体感したりできます。地域の特産品には、フーティエウ(タピオカ米粉麺)、新鮮なトロピカルフルーツ、ココナッツ風味のお菓子、そして多彩な淡水魚や海鮮料理が含まれます。
ハノイ、フエ、ハロン湾 — Indochine(インドシナ)
カトリーヌ・ドヌーヴ主演のアカデミー賞受賞作であるフランスの映画大作『Indochine』は、ベトナムの素晴らしい風景とコロニアル時代の情緒を世界中の観客に届けました。この映画は、ハノイ、フエ、ハロン湾などのロケーションを含め、ベトナムで大規模な撮影が行われました。
ハノイでは、細い路地、歴史的建築、伝統的な商店、ストリートフードが独特の雰囲気を醸し出す旧市街を散策できます。ホアンキエム湖の散策、文廟・国子監への訪問、そして夜の伝統的な水上人形劇の鑑賞は、首都の文化遺産を垣間見る貴重な機会となります。
ハノイ、ホアンキエム湖(写真:Ngphuduc@gmail.com)
かつての古都フエへと南下する旅は、ベトナムの歴史の新たな一章を見せてくれます。皇城や帝陵を含むフエの建造物群は、グエン朝の華麗な歴史を物語っています。歴史遺産の観光と合わせて、パフューム川でのんびりとしたクルーズを楽しんだり、フエ風辛口牛肉うどん(ブンボーフエ)、バインベオ、バインナム、お好み焼き風のバインセオなどの郷土料理を味わうことができます。
一方、ハロン湾では、ベトナムが世界の映画作品にとって魅力的な舞台となった劇的な海の絶景を体験できます。
かつてグエン朝の王家が暮らしたフエの皇城(写真:hongnga1959@gmail.com)
スクリーンの向こうへ:生きている映画セットとしてのベトナム
ベトナムの映画的な魅力は、個々の作品に登場したロケ地にとどまりません。コンパクトでありながら非常に多様な地理的特徴を持つため、1回の旅で、賑やかな都市部から静かな田園地帯、熱帯の島々、古都、そして雄大な山岳風景へと巡ることができます。
ホイアンでは、ランタンが灯る古くからの町並み、川沿いの通り、伝統建築が、ベトナムの歴史遺産を探訪するための素晴らしい舞台となっています。歩いてめぐるツアーに加え、周辺の村々へのサイクリング、料理教室、地元の伝統工芸や食に焦点を当てた体験を組み合わせることができます。
クアンチでは、アドベンチャーを求める旅行者が洞窟探検やトレッキング、自然体験を楽しむことができます。ニンビンでは、ボートめぐりやサイクリングルートを通して、文化と自然が共生する景観に出会えます。メコンデルタでは、リバークルーズ、ホームステイ、地元の市場訪問を通じて、人々の日常を身近に触れることができます。
そしてベトナムの都市では、食そのものが映画のような体験の一部となります。ハノイの湯気立つフォー、フエの香り高い牛肉うどんから、ホーチミン市のコムタム(砕き米のごはん)、メコンデルタの新鮮なトロピカルフルーツまで、各地域が独自の食のストーリーを語ってくれます。
ホイアン旧市街(写真:ngocluan11@gmail.com)
あなただけの映画的な旅を計画しよう
映画にインスピレーションを得たベトナムの旅は、風景、文化、味覚をめぐる旅として自由にデザインできます。ハロン湾のカルスト島々をクルーズし、チャンアンの石灰岩の山々のふもとを船で進み、フォンニャの洞窟を探検し、ハノイやホーチミン市の歴史ある街並みを巡り、フエの帝都の歴史遺産を発見し、メコンデルタの水路沿いでゆっくりとした時間に浸ってみてください。
スクリーンはベトナムの第一印象を与えてくれるかもしれませんが、その壮大な風景、歴史遺産、人々、そして食文化には、映画では捉えきれない体験、つまり「実際にその場所に立つ感動」が待っています。




