
少し時間を巻き戻して、Chill Skybar時代のお話をしましょう。Chillはあっという間に大成功を収めました。当時、私はまだ若く、ビジネスの仕組みについてもっと学びたいと思っていました。視野を広げ、大企業がどのような取り組みをしているのかを知りたかったのです。
そこで世界最大のビール会社であるAB InBevの求人に応募しました。彼らがベトナムでの事業を立ち上げようとしていた時期で、交渉の末、ベトナム進出の最初の社員として採用されました。約半年間マネージャーを務めた後、コロナ、ステラ、ヒューガルデンといったプレミアムブランドの国内ビジネスマネージャーに昇進しました。彼らは私をAB InBevの将来のリーダーとして育てようとしてくれていたのです。しかしその間ずっと、私は「ベトナムを代表する世界的なブランドがまだない。サイゴンのビールは世界で通用するのだろうか?」と考えていました。
その後2015年頃に結婚し、連日18時間も働く生活からは抜け出したいと考えるようになりました。
ベトナム出身として海外へ行く機会を得て帰国したとき、この国にもっと貢献したいという思いがありました。将来的にブランド価値や市場シェアの面で、ベトナムがビール業界の世界的競合になれることを証明したかったのです。
ビール業界やChillでの経歴、そしてクラフトビール文化が盛んなサンディエゴで育った経験——それらすべてが重なり合い、「自分のビールブランドを立ち上げよう」という決意に繋がりました。それがEast Westの始まりです。

名前を決めるまでには長い時間を要しましたが、このアイデアが出た瞬間、すぐに納得がいきました。この名前は、当社のカルチャーそのものを表しています。東洋(East)の要素も西洋(West)の要素もたくさんあり、それらを少しミックスさせています。これこそが、今後の世界的な未来の姿だと考えています。

私たちは世界に通用する基準を維持しなければなりませんし、私はそれを確かなものにしています。ブランドの立ち位置、ビールの品質、事業運営、デザインや雰囲気など、すべてがその基準に紐づいていなければなりません。私たちの規模(1500リットルの醸造設備)のブルワリーとしては、運営方法や設備環境において世界トップクラスの一つだと自信を持って言えます。世界中のブルワリーを訪れたことがあるお客様からも、ここに来ると驚かれることが多いです。
一番のやりがいは、確固たるブランドを築けたことです。地元ベトナムの人々や旅行者にとって認知されるブランドになりました。私たちは常に前進しており、CNNやVICE Munchies、デンマークやニュージーランドの新聞など、海外メディアからも評価を受けています。ベトナムのビールを世界へ届けるという夢が、今まさに実現しつつあります。

ベトナムでは物事の変化やスピードが非常に早いですよね。この市場では、隣にいる人よりスピードが遅ければ負けを意味します。発展途上国とはまさにそういうものです。その経験すべてが今の私を形作っています。世界で起きているあらゆる事象とベトナムを、いかにスピーディーに繋げられるかを考えるようになったのです。
物事が素早く動くからこそ、その先を行く必要があります。今でも、この街で自家醸造を行っているマイクロブルワリーは私たちだけです。他はすべてタップルーム(ビールバー)に過ぎません。私たちは自ら製造・クラフトし、市場へ供給しています。
現在のホーチミン市の一番の魅力は、絶え間なく起きている変化です。3週間離れて戻ってくるたびに、何かが新しくなっています。とてもワクワクしますね。この変化は将来の展望にとって非常にポジティブです。ようやく世界に追いつきつつあるからです。こうした変化は人々に程よいプレッシャーを与え、もっと良く、さらに良くしようという意欲を生んでいます。そこには深い誇りと、ベトナムへの愛情が溢れています。
私はビールに情熱を注ぎ、ビールビジネスに情熱を注ぎ、ベトナムに情熱を注いでいます。そして人生そのものにも情熱を持っています。この事業をどれほど大きく育てられるかに挑み続けているのです。
私にとってもはや「ワークライフバランス」という概念ではありません。すべてが一つになった「人生」なのです。創業計画や立ち上げの当初は24時間あっても足りませんでした。今でも1日は短く感じますが、一日のうちで自分のための時間を作ることができるようになりました。

当時の夢は、3年以内にベトナムで最大になることでした。オープンして2年も経っていませんが、すでにその目標に近いところにいます。5年以内には東南アジアのトップ3に入りたいですね。その目標に向かって刺激を受けながら取り組んでいます。
私はビールに情熱を注ぎ、ビールビジネスに情熱を注ぎ、ベトナムに情熱を注いでいます。そして人生そのものにも情熱を持っています。この事業をどれほど大きく育てられるかに挑み続けているのです。